親子二代にわたって丸シフルーツ宍戸商店として地域の皆様に多大な信頼とご愛顧をいただき、それに少しでも恩返しできるよう、感謝と地域の更なる発展を願い、頑張って参りました。
父、宍戸鉄男(てつお)
父、鉄男はとても貧しく、現在の幡ヶ谷付近から借金取りに追われ流れ流れて、下高井戸駅隣の場所を京王電鉄からお借りして、駅の売店、氷の配達、引越し、果物屋などを行うことで何とか生計を立てることができるようになりました。父の言葉のひとつ「一商人でも地域に役に立てることがある」。実際に地域のために行動を起こして実績を残した父の言葉は、私が活動する上でも大切な言葉の一つになっています。
宍戸鉄男の軌跡
- 昭和49年に日大闘争の際、過激派襲撃で消失して、なくなっていた、現在の松沢小学校角の赤松交番の再建に地域の方々の要望にお応えすべく、物資両面でできる限りの努力をし、実現することができた。
- 当時世田谷区区立の中で最も運動場が過密であった松沢小学校の第2運動場の取得に地元の区議会議員として奔走した。
- 昭和43年頃に地域の安全、発展を憂慮し、京王線踏切解消、立体化を提唱する。
兄、宍戸教男(のりお)
私には二人の兄がいて、上の兄貴の教男(のりお)は、父、鉄男の意志を引き続いて、区議会議員を勤めました。選挙活動中は兄と一緒に地域を歩いて回りました。前回の選挙で当選した直後、残念ながら志半ばで他界しました。
宍戸教男の軌跡
- 下高井戸商店街ありがとうスタンプ導入に尽力、商店街発展に寄与する。
- 区議会議員として世田谷区プレミアム商品券、商店街加入促進条例導入に尽力。
- 父鉄男の意志を継ぎ京王線連続立体化事業完成のため奔走、地域の方々の協力を得て平成26年連続立体化事業認可を勝ち取る